SPECIAL

樋長

「樋長のマグロは、すごい」
そう多くの人たちに言われる理由は、
想像を超えるストイックさと挑戦心でした。
樋長(ひちょう)は文久元年、日本橋にて「神崎屋」を名乗り次郎吉を祖とし魚商を創業。後に嫡子である樋口長吉が、問屋兼仲買商「樋長」を名乗り御用商人として営業をはじめました。その8代目の目利き、樋長の社長である飯田統一郎さんにお話を伺いました。
家業を継ぐ前に、
オーストラリアへ。
この仕事を始めたのは、家業だったというのが大きくて。やりたいこともそれほどなかったし。幼いころから連れてこられて市場が故郷っていう感覚のなか、あまり抵抗がなくて。市場に入る前は4年間、オーストラリアに居たけど、帰ってくることが条件だった。オーストラリアへ行ったのは、父を見ていて市場で働くと休めないと感じたから。だったら長い旅に出てやろうという気持ち。外国と言えば「アメリカ」というところに、ひと捻り。別に勉強ができて行ったわけでもないから、英語もあまりしゃべれない。でも、日本人が居ない所が良くてパースを選んだ。州のカレッジに通い、選んだビジネス&エコノミーのコースは何とも難しく、このままじゃ卒業できないぞと思って、ホテルマネジメントとか観光などを学べるコースへ変更。大学のなかにレストランがあって、授業でフレンチを学べた。きちんと予習して、料理に必要な器具を揃えて、作って、シェフが味見して。その後のステップはレストランで料理も作るし、サービスもやったし、バーテンダーもやった。ホテルのベッドメイキングとか、そんなのをみんなやって。感覚的にこういう世界に居てもいいかなというくらい楽しかったけど、市場で働く覚悟を持って帰ってきた。
包丁を握ったのは、20代後半。
働き始めた頃は、まず雰囲気に慣れるというか。修行先が当時は忙しかったから包丁は握らない。延々と掃除をするなどの雑務を2年間くらいやって、体を動かすことを叩き込まれた。樋長に戻ってきてからも仕事を盗むより、こなすことに必死。20代の後半くらいまで包丁は握っていなかった。ある日、突然、番頭さんから包丁を渡されて「それやって」みたいな。番頭さんにはこだわりがあって、ずっと傍から見ていたので、やってみたら意外とできた。そこから「全部やれ」と。仕入れも突然。1日に今の10倍くらいやった。仕事に事欠かないから、しっかり学べた。番頭さんたちは自分の技術をたやすく教えてはくれない。突然に言われて、いきなり本番。できなかったら即終わりってなかでやっていた。今と違って教えられるのでなく、放置されながら覚える。見て学ぶとも違う。番頭さんは仕事の鬼みたいな人だったから、下付け(セリ場での下見で自分なりの値段を付ける)もそうだし、真剣さや気合の入り方が尋常じゃなかった。今でこそ目利きは単純じゃないって言われるけど、当時はトン単位で注文があって、全部揃えなきゃいけないから、目利きが云々の理屈じゃなくて、とにかくこなすことに必死だった。
とにかく吸収を続けた日々。
でも、雑にやっていたわけじゃないから、分からないながらに仕事を面白くするもしないも自分次第。何でこの人はこの魚を買うのかとか、人の動きを確認していた。「尻尾は色が良くないけど、他は全部いいだろ」とか意外な見分け方なども、他の店のおじさんたちに教わった。当時は、魚自体に力があったし、どちらかと言えば、悪い要素のなかに良いものを見つけてあげれば、良い方に転ぶ。今は、魚自体に力がないから、良いものに悪い要素があると悪いほうに転ぶ。だから、若いときは良さのひとつを見極めることが目利きで、良い方に転ぶ要素を見つけることを教わった。いろいろ魚について教わりつつ、がむしゃらに。常にひと捻りしたいなっていう想いはあったけど。まだ、そのときは、「自分が食べたい魚か」までは頭が回らなかった。買って、評価されて、利益出してっていうことが占めていた。とにかく数をガサガサやっていたんで、お客さんが喜んでくれる身の色であったり、包丁を入れやすい魚っていう目利きでやっていた。
時代が変わるなかで行き詰った。
今なんて多くて数十本、少なくて数本っていう入荷の日もあるけど、当時は毎日、何百本とマグロがあって。大物であるマグロが市場の中心。セリ人も、大物のセリ人が肩で風切っていた。前の時代の人たちの話を聞くと、「お前らなんか楽だよ」って言われる。まあ、マグロが中心だった時代の最後は、僕は見たかなって。ガサガサ入荷して、ガサガサ売る。売れることが「力」だった。でも、だんだん魚が少なくなってきて商売の形態が変わり、大きくやっていた仲卸が倒産していった。その状況のなか、ガサガサ仕事をするのが僕も嫌になっちゃって、面白くもないし。そんな僕を見て、先代とも溝が生まれ始めた。「自分がやったらもっとできる」という想いだけがあって。ついに、先代に「自分が店をやる」と言った。そうしたら、「てめえにくれてやる!」と。もう先代は歳で根気がなくなっていて、お客さんが散り始めちゃってたこともあり、いきなりの社長交代になった。
変なレッテルを大胆に転換。
そのときは良い時代と比べて、売り上げが半分くらいに下がっていた。やるって言ったものの、どうするかって思っていた。これまでも良いと思う魚を、ただただセリで買ってきてはいた。そこから、誰のため、何のために商売をするのか。俺は、何のためにここにいるのか。どうしたらうちに商売のなかで目玉となるものを買いに来てくれるのか、っていうのを考えるようになった。もっとお客さんの顔を浮かべて、「この人のために、この魚が欲しい」っていうのをつなぎ合わせるようにした。じつは当時、うちには嫌な言葉があって。それは先代の「人は高いもんは買うけど、いいもんは買わねえからな」というもの。言葉通り、先代は全体的に魚が“良くない”ときに意地を張って、トップを高い値で買う。一方、全体的に魚が“良い”ときは、2番手3番手を買う癖があった。この癖は周りにも気づかれていて、これはイカンな、と。質でなく値を理由に買っていたら、うちの店は終わるな、と。そこで、とにかく良い魚を買うことにした。良いなかのトップなら、いくらでもいってやろうと思って、普段のセリではあまりない1kgで3万5千円くらいの魚(年末でも数本しかない)を買ったりだとか。一生、変なレッテルを貼られたままでは商売できない。だから、「良いもんを高く買う、良いもんで意地を張る」っていうのに思い切って転換した。
目玉商品をつくるなかで、
「なぜ、あなたのためか」を
追求。
しかし、この意地だけだと店は潰れてしまう。そのほかにも目玉になる一番を獲りたいと思って、考えたのが輸入物。僕が若いとき、ボストンとかのマグロが日本のマグロより高いときもあって。当時は情報ではなく魚自体を買っていたので。仲卸を信頼して魚を買っているから、近海ものだけが全てじゃない世界観があった。ボストンの魚が良いならボストンのほうが高い、と。それをふと思い出して、輸入物のトップはうちにしかないという状態をつくってやろうと思った。最初の2年くらい輸入物の良いものを目立つ高い値段で競り落として、市場でその地位を確立することもした。もちろん、国産の良いものにも、一歩も退かない。そのなかで、それだけ価値のあるものをどうやってお客さんに伝えるかっていうのを考えて、魚の持っているすべてを自分で理解した。これが一週間後にどうなっていて、「なぜ、あなたのための魚なのか」というのをお客さまに伝わるようにし続けた。ここで持ったのが、「目利きのその先の想い」というのかな。
見分けるのも商売が上手な人も、
たくさんいるなかで。
でも一時期、やり過ぎちゃって。原価を割っているのに魚が高いという時期もあり、それでお客さんを離しちゃって。今となっては分かるってこともたくさんあるけど、値段も大事、求められるものをかぎ分けるかの嗅覚も大事。目利きには、魚の質を見分けるのが上手な人も、商売が上手な人もたくさんいる。そのなかで、自分はどちらもそこそこまではいきたいと思っている。目利きして良い魚があっても、商売を上手くやって突っ込む貯金をつくっておかないと買えないし。セリで損得なしに挑む場面ではずっと気力を維持しないといけないし。どっかで、「今日やっちゃったな」くらいの気持ちで終わることも大事だし。昨日も、税理士さんに怒られるかと思ったら、逆に慰められちゃったよ(笑)。こんななか、お客さまと一緒の温度感で楽しめるところっていうのを模索しながらね。お互いにその瞬間を一緒に生きて、一緒に商売していく季節感も味わいながら進んでいる。結局は商売人だから、うちも利益が出ないと次に結び付けられない。苦しいだけじゃやっぱりだめだし、100%お客様のためっていうのも、自分たちが大きくならなきゃいけないので、一緒にできるようにって。それに、若い子たちも育てなきゃいけない。魚を勉強させて、売れるところまでひっぱりあげて。その先の有名にしてもらうのは、お客さんっていうこともすごくあるから。今後のためにも「おお、樋長さんで、目利きをやっているんだ!」って、周りから思ってもらえるように、やっぱり僕らのファンというものを作らなきゃいけないよね。
やるんだったら、
お客さんのために。
そういうのもあってお客さんとお店で、とことん話をしているけど、誰もがその魚の成り立ちというか、イメージってすべての人が持てるわけじゃない。僕らの武器になるように情報を提供するのもあるし、お客さんにもっと臨場感を持って魚を使ってもらうための情報提供でもある。教えなくていいことまで教えると商売的に首が絞まる現実もある。うちがダメだなって思われることもあるかもしれない。でも、それはそれ。お金持ちになりたいなら違う仕事をしていると思ったりするんでね。バランスは大事だけどもね。あと売る魚を順番も、僕は結構ひっくり返しちゃっていて。見切りをつける早さというか、結局のところ「何のためにこの魚を買ってきているの」っていう大前提に立ち返ると、商売的にはこの魚から先というのがあったとしても、もう一つの魚を誰のために買ってきたんだって思ってしまう。だから、違うと思ったら、すぐに順番をひっくり返しちゃう。そうしなければ利益がたくさん出たなって思いもありつつね。自分に代替わりしたときより、今の時代のほうがキツイこともあるけども、貫かなきゃいけないと思って。本来できる目利きを自分から放棄することはなくて、やるんだったらお客さんのために。さらには自分のために。自分がその魚を納めなかったために一週間、自分が違うと思った魚をお客さんがずっと使っていることの嫌さといったらなくて。一週間分の魚を渡しちゃっているのに、3日後、次の魚を渡しちゃう。お客さんに「今何キロ残っているの?」って聞いて、「何キロ残っている」って言われたら、「それ全部、まかないにしちゃえ」って言って、その分は伝票を落としちゃって入れちゃう(笑)。食べさせられるお客さんの気持ちも考えるし、それで「今回の樋長のマグロ旨くねえな」って言われる場面を思い浮かべたら、嫌になっちゃうからね。
今後、もう一度、
燃え上がるような…
本当は、商売の先の夢って成功する、利益を出すって思っていた時期もあったけど、今やりたいとすれば、いい魚との出会いが年を追うごとに少なくなっていってるから、ここぞの1本を買うこと。セリで退かなくてもいいように、常に自分をスリムにしておく。自分が我慢することによって、誰にも何も言われないっていう後ろ盾のために、大好きだったクルマも手放した。今は自分が魚をいくら買ってもいいんだと。俺は他に何もない、欲しいのはいいマグロだ。そう思って、ストイックさを自分に課さないと、楽しくなれない。もう一回燃え上がるような商売もしたいし。今だといろんなアイデアもあって、若い子とちょろちょろやって楽しいんだけども、新商品を1000点売ったときの利益を考えてしまった瞬間、心が萎える。こんなこと考えているようじゃダメだなと思ってもう一回、すべてのものを断捨離して、もう一回そこに行ってやろうって思う。休みの日もひたすら市場に来てるから、もう商売だけの世界に身を置いてやろうと思ってさ。自分でも、もうバカじゃないかと思うくらい事務所にいるよ(笑)。
仲卸コラム
飯田社長に聞きました!
「アイルランド産 本マグロ(冷凍)」
みなさんは「生マグロが上で冷凍が下」っていう漠然とした思いがあるけど、それは全てではない。遠洋の延縄漁のなかには、本当にいい時期のいい漁場を狙って、船の揺れも激しいなか漁師さんたちが棺桶みたいなベッドで寝ながら、命を懸けて捕っている船もある。その魚は、日本の近海ものでは賄えないもの。特にアイルランド産など、全然違う季節のなか、太平洋と大西洋の違いもあって、日本の近海のマグロにはない強さがあるから感じてもらいたい。捕ってからの扱いもきちんと魚のことが考えられていて、船の上で内臓を取り、神経を抜き、血抜きをして冷凍する。魚が暴れても傷がつかないように漁師さんがグッと抱きかかえて丁寧に処理している。
飯田社長に聞きました!
「最高級 近海 本マグロの特殊冷凍品」1
伊豆下田と千葉勝浦があって、どちらかという伊豆下田がお寿司、千葉勝浦がお刺身。その理由が、伊豆下田の魚のほうは、縄は浅め、漁場の問題もあると思うけど、何かキンメを捕食しているような、うまい感じの脂の味が酢飯のシャリに合う。千葉勝浦のほうが、延縄がちょっと深くて、身がキュッとした魚で酸味が強くなく、味に癖がない。商品の提案として、みなさんはマグロを見るとき、産地とか、生か冷凍か、本マグロかメバチかなどの区分けをする。それはもちろん当たり前だが、その先がある。雑誌やSNSでもマグロが好きな人は、多くの情報として目にしている。例えば、シャリと馴染むとか。それを寿司屋で口にすることも可能だが、実際に自分では買えない。だから買えるように、そこを何とかつなぎたい。
飯田社長に聞きました!
「最高級 近海 本マグロの特殊冷凍品」2
この商品は、あまりにマニアックだから上手くいくかは分からないが、やってみたい。続けていくことでニーズができると思う。でも、この値段のものがマッチするかは分からない。よく考えたら、この商品つくるには手間賃を考えると手の届かない値段になってしまう。僕らのなかでは、本当にお客さんにマグロをつなぐために、やるか、やらないかだった。でも、商売として利益を取るのは、これではない。僕ら仲卸が、なぜ必要とされるか、その存在意義をtoCで知っていただくために。同じ産地だとしても、全然味が違う。仲卸がコストだとか言われることもあるが、そんなことはない。お客さんへのニーズへのマッチングの目利きが求められている。そこに付加価値がついて、生産者もそういう魚を仕立てる。そういうことをきちんとした情報発信と商品を通してやりたい。僕らのとこでやることじゃないと思うが、目利きとしての評価をtoCで感じてもらうかが勝負だと思っている。
飯田社長に聞きました!
「最高級 近海 本マグロの特殊冷凍品」3
肉なら肉で和牛ならこんな味、オージービーフならこんな味といえるが、水産大国の日本なのにマグロだったら「美味しい」、「脂がある」で終わってしまう。だから、マグロごとの違いや刺身と寿司のマグロの違い、マグロの持つ酸とか、きちんと伝えられたいいのかなって。自分たちのマグロのイメージを掘り下げて考えて食べられたら食の楽しみも広がる。マグロに火を入れてみたり、中をレアにしたり色々するが、何やっても伝わりきれていない。僕らが目利きしてつないでいくことで、マグロの持つ本来の価値が変わるべき。どうつないであげるかを色々な販路のなかでやっていきたい。生のまま細かくするほど酸化しやすくなるから、美味しさをキープしにくくなる。だから特別な冷凍の機械がある。溶かしたときにかなり普通の冷凍よりも生に近い味、感覚でマグロの違いを感じてもらえるように。
飯田社長に聞きました!
「最高級 近海 本マグロの特殊冷凍品」4
こういうことをやろうと思った理由は、単純に魚がいい、悪いって何なのって僕のなかで思った発端。僕らのなかでも万人向けのいい魚はあるが、用途に合わせるとき、こういう酒に合わせるとき、どんなマグロまでは行きついていない。考えて食べられる材料を提供し、実際にそう思ってもらいたい。それを誰ができるのってなったら、仲卸しかできないと思った。魚の素性が分かる仲卸だからこそ、っていうのがあるからきちんとインフォメーションできる。その結果、どこまでtoCのお客さんに伝わるか分からないが、商品をつくって自分たちが分かっていればインフォメーションの仕方で、その魚を活かしてあげられる。食べ方によって美味しくも不味くもなる。そこをポイントにしたい。せっかく魚の国の人なのに、旬があったりとかするのにも関わらず、「本マグロ、大トロ、中トロ」くらいしか知られていないのはもったいない。もっといろいろ、知られていいはず。みんなが思っている仲卸の知識の一個先とかを伝えていきたい。どこまで伝わるか分からないが、お金を払って食べるならそこにあるストーリーを知って食べてほしい。